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執筆者の写真Writer.katsu

YouTuberとしての米津玄師

更新日:2019年10月31日

米津玄師は、シンガーソングライターであると同時に、イラストレーターや映像作家としての側面も持つ。


また、YouTuberとしても、2019年5月30日現在、YouTubeチャンネル登録者ランキングの11位に入っている。

今回は、多才な彼の生い立ちやその魅力などについて、自分なりの視点で批評していきたい。


1991年3月10日に徳島県で誕生。幼い頃は漫画家を目指していたらしい。

小学校5年生の時に BUMP OF CHICKEN の楽曲に感銘を受けたそうだ。


ここまでは普通っぽい足取りであるが、中学校3年生の頃から、オリジナル楽曲を制作し始め、これと並行して、アマチュアバンド「late rabbit edda」のフロントマンとしても活動を始めた。


この辺りから、彼の音楽に関する才能が芽生え始めたようだ。

ただこの頃の活動については、あまり芳しい結果は残せなかったらしい。


2009年より「ハチ」の名義でニコニコ動画へ投稿し始めた。

またほぼ同時期に大阪の美術専門学校へ通いつつバンド活動を始め、担当はベースとボーカルを務めた。


この頃から、しだいに彼の多才な側面が出始めているようだ。


さらに、同じくこの頃、バンド活動も続けながら、いわゆるボカロ=初音ミクなどに代表される、ボーカロイドの楽曲をオリジナル制作し始めた。

また翌2010年には自主制作アルバムを発表するなど、経歴を見るだけでもとても忙しそうで、いくつもの異なる活動を、同時にこなしていたことが分かる。


これだけいろんなことをやっていて、訳が分からなくなるのではないだろうか。自分だったら、多分無理であろう。


そして2012年に入ると、本名の米津玄師で活動を始めるようになった。

この年の2月より、作詞・作曲・ボーカル全て自分で手掛け、3曲のミュージックビデオを3カ月連続で、ニコニコ動画とYouTubeで発表。


また、同じ年の5月に発売したアルバム「diorama」は、オリコン週間アルバムランキングで初登場6位と、才能を一気に開花させた。


このように結果を出せたのは、彼の非凡な才能のたまものではあると思うが、3カ月連続でミュージックビデオを投稿するなど、地道な努力もしていた結果でもあるのであろう。


2013年にシングル「サンタマリア」でメジャーデビューを果たし、またこの年の6月には、雑誌において、架空のかいじゅうのイラストレーションを描いた「かいじゅうずかん」の連載を開始した。ここで、彼のイラストレーターとしての才能も開花することとなった。


翌2014年にミュージックビデオ 「アイネクライネ」 などを制作し公開する。このミュージックビデオが、4年後にYouTubeで1億を超える再生回数に達した。

またこの年、初のオリジナルアルバム「YANKEE」が、オリコンアルバム週間ランキング初登場2位を記録。


翌年以降も、次々にヒットを飛ばす音楽活動の中、2016年には、ユニバーサルスタジオジャパンの15周年記念でクリエイターとして参加し、スヌーピーのイラストを用いたコラボグッズを販売。

イラストレーターの仕事でも、しっかり結果を出している。


そして今年2019年、自身初のアリーナツアーを開催したほか、 菅田将暉への楽曲プロデュースや、アニメの主題歌 「海の幽霊」もリリース、その勢いはとどまるところを知らない。


ここまで紹介してきたように、シンガーソングライター、映像作家、イラストレーターなど、彼の多才さは他の追随を許さず、しかも、どれも成功させているという点に、さらに驚かされる。


ちなみに、彼が手掛けた楽曲で、YouTube上で再生回数1億回を超えたものは3曲あり、この記録は誰も達成できていない。つまり、YouTuberとしても大きな成功を収めていることになる。


彼の今後のさらなる活躍に期待したい。





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